
かつて、荒涼たるヨルダン渓谷死海北岸地帯から安息の地を求めワディ・シュワイブ(アンマンへ向かう谷)を東進した人々は、3つの丘に囲まれたサルトの谷間で最初の湧き水に出会いました。サルト地域の温暖な気候、豊かな水と肥沃な土壌は鉄器時代からローマ時代を経て人々の生活を育み、オスマン末期の都市形成以前には複数のベドウィン(「砂漠の住人」の意でアラブの遊牧民族のこと)を起源とする集落が形成されていました。
そこに1860年代以降にオスマン帝国政庁がおかれ、情勢の安定を見定めたナブルス商人たちは、商圏の東方拡大の足場とすべく、持てる技術の粋を凝らしてサルトに都市を建設します。そこで多数の部族が共栄し、ムスリムとクリスチャンが共存する平和的、調和的な秩序を持った地域コミュニティが成立し、その秩序の下でサルトの人々は、旅人たちのために家の玄関の鍵を開け放して暮らしていました。これが「サルト気質」で、この都市形成期は「サルト黄金期」と呼ばれます。こうした様々な部族、宗教、文化が高度に調和する都市の力に吸い寄せられ、やがてその都市基盤の上に首都機能が定められ、近代国家(Hashimite Kingdom of Jordan)設立の宣言がアインプラザ(中央の水汲場)で行われました。中東和平の核を担う今日の穏健国家ヨルダンを誕生させた都市として、サルトは世界史上に重要な価値を有すると言えます。
サルトの顕著な普遍的価値は、今日なお続くこうした様々な部族、宗教、文化の調和が、次のような都市空間と建築群、そして住民たちの日々の暮らしの中に継承され、「都市の文化的景観」として表出している点にあります。サルト黄金期には、3つの丘に囲まれた独特の地形に育まれた集落を基盤としつつ、近代ヨルダン統治に必要な社会的・政治的要請を実現するための以下のような都市空間が一気につくり上げられました。
まず、谷底には水の湧き出すアインプラザを中心にスーク(市場)や広場が、丘の麓には邸宅群が建設されるなど、新たな中心市街地が集中的に整備された。一方、農家が並んでいた市街地後背では、丘の斜面を水平に幾重にも走る通りを縦に結ぶ階段や小広場が随所に設けられ、その間隙を埋めるように建物が挿入されることで立体的で高密な斜面市街地が形成された。こうした伝統とモダンを融合させたサルティデザインがもたらす意匠や、異なる建築様式がレイヤー化された建築群が斜面に積み上がりながら他に類を見ない都市景観美が生み出されました。さらに都市を構成する建築群の石材は、いずれも世界的に類例の少ないイエローライムストーンが用いられています。それら黄金色に輝く建物群が3つの丘に挟まれた谷の斜面に立体的に展開し、沸き出る雲のように建ち並ぶ様は壮観です。
以上のような有形遺産としての顕著な価値を備えるサルト旧市街地の中に、現在もなお「サルト気質」を受け継ぐ多くの住民が暮らし続け、伝統的な会合・もてなし空間であるマダーファをはじめとし、工房や商店、レストランでその作法や習慣、技術、食など無形の遺産を息づかせています。このように有形遺産としての旧市街地と無形遺産としての豊かな生活文化とが渾然一体をなして調和し、継承されているサルト旧市街地は、まさにリビング・ヘリテージと言え、近代国家ヨルダンの黎明を今に伝える「都市の文化的景観」であると言えます。
(以上は、JICA技術支援において2014年に日本人専門家チームがヨルダン政府チームに提案した世界遺産申請のためのOUVのドラフトに加筆修正を加えたもの)
ユネスコ世界遺産ホームページ「As-Salt−The Place of Tolerance and Urban Hospitality(サルト−寛容と都市的ホスピタリティの場)」
https://whc.unesco.org/en/list/689/gallery/
ヨルダン・ハシェミット王国(以下、「ヨルダン」)内には、観光資源としてローマ時代、十字軍、オスマン時代等の文化遺産が豊富に遺されているだけでなく、死海やワディラム砂漠をはじめとする世界的に希有な自然遺産にも恵まれています。構造的な貿易赤字を抱えるヨルダンにおいて国際観光収入は貿易輸入額の30%(2012年時点)を占め、観光産業は主要産業であり、その振興はヨルダン経済の安定及び発展に係る重点的な政策課題となっています。しかし、ヨルダン各地の観光地においては、観光資源を十分に活用するための観光基盤に乏しく、その整備が課題となっていました。
このような状況を受け、外国人観光客の増加に対応し、ヨルダンの観光資源を外国人観光客にとってより親しみやすく魅力的なものにするため、旧JBIC(日本国際協力銀行)は1999年に「観光セクター開発事業」の円借款を調印しました。事業は、首都アンマン及びその周辺の観光地において必要な観光基盤整備を行うことを内容とし、観光客の滞在日数の増加、観光産業の振興、外貨収入の獲得に寄与することを目的とし、ヨルダン内4カ所(アンマン、サルト、死海及びカラク)で博物館の建設・改修を含む基盤整備を実施しました。また、併せて技術協力プロジェクト「博物館活動を通じた観光振興」(2004-2007年)の実施を通じてこれらの博物館をソフト面から支援しました。
こうしたなか北海道大学観光学高等研究センターは、2007年、萩市(山口県)で展開しているエコミュージアムをコンセプトとする「萩まちじゅう博物館」のモデルをサルトに技術移転できないかと、JICA(旧JBIC)から相談を受けました。そこで、上記の技術協力プロジェクトの追加支援として要請された案件実施支援調査(Special Assistance for Project Implementation: SAPI) (2008-2009年)において、萩市の2名の専門家とともに、サルトにおける「エコミュージアム構想」の推進および歴史博物館(サルトエコミュージアムのコア博物館)の開館に係る支援に参画することとしました。特に、サルト市の「エコミュージアム構想」については、上記のSAPI調査以外にも2011年まで、大学専門家や青年海外協力隊としてボランティア学生を派遣するなどして、構想を実現するための計画策定、ディスカバリートレイル案の作成、歴史的建造物等の遺産の現状調査を行ってきました。
こうした経緯より、JICAは技術協力プロジェクト「サルト市における持続可能な観光開発プロジェクト」(2012-2016年)を立ち上げ、北海道大学と萩市およびKMC(かいはつマネジメント・コンサルティング)が共同してエコミュージアム開発の技術支援を行いました。プロジェクトの支援内容は以下のような内容でした。
また、プロジェクトの概要は以下の通りでした。
(詳細は関連リンク:JICA・KMC・北海道大学『ヨルダン・ハシェミット王国 サルト市における持続可能な観光開発プロジェクト業務完了報告書』2016 を参照のこと)